てぃーだブログ › 下地中16期会

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Posted by TI-DA at

2022年01月01日

謹賀新年

健康長寿をめざし頑張ろう
新型変異コロナの感染拡大を懸念
延期した古希記念同期会、開催の展望は?



新年明けましておめでとうございます。
今年は74歳を迎えますね。みんなで声を掛け合い、新型コロナの予防に努め、いっそう健康長寿を目指して頑張っていきましょう。
この16期のブログも、引き続き盛り上げていきましょう。

2020年に開催を予定しながら、コロナ禍で延期となり、未だに開催のめどが立たない「古希記念同期会」ですが、昨年新しい変異ウイルス「オミクロン」の感染の拡大が欧米で急速に広まり、日本でも「第6波」の到来が懸念されています。とりわけ、最近では沖縄県内の状況が厳しくなっています。互いに感染予防を心掛けて生活しましょう。
一方、このような中では、延期した同期会が今年開催できるかどうか、不透明です。
世話人会では、開催に向けた展望を検討し、その結果をお知らせしたいと思います。
(譲二)


  


Posted by あぐとぅんがら at 01:58Comments(3)

2021年12月11日

お詫び「定例指笛練習会の風景」の記事は投稿ミスでした

先日の指笛の定例練習会の風景の記事は、
指笛王国おきなわのブログに載せるべき記事を
誤って下地中16期会のブログに投稿してしまいました。
お詫びいたします。
原因は両方のブログの管理人をじょうじが担当しているために
投稿先を間違えてしまったためでした。

気がつくのが11日の午後9時頃でした。
間違えて投稿した記事を削除します。(じょうじ)  


Posted by あぐとぅんがら at 15:11Comments(0)

2021年12月08日

晴子さんの法事終わる

きょう午前11時から、晴子さんの葬儀と初七日の法要が、那覇の大典寺で執り行われました。
祭壇には、晴子さんの古希記念の着物姿の写真が遺影として置かれ、周囲には本人の好きだったというカサブランカの生花が飾られていました。
両サイドには関係者の供花が並べられました。(下地中16期生一同、昭平工業・平良昭、よろこび電化・下里彰の3つも)。

遺影を前に、住職による読経が行われたあと、親族、友人、知人ら約60人が次々に焼香し、晴子さんのご冥福を祈りました。

16期からは、宮古から馳せ参じた与那覇和子のほか、下地サエ子、洲鎌ヒロ子、上江洲直子、宮國恵美、垣花譲二の6人が参列しました。
晴子さんのお姉さんやお兄さんたちともお会いし、懇談することができました。
お話によりますと、49日法要までは大典寺で法事を行い、その後遺骨は晴子さんのご両親の眠る故郷のお墓に納骨される予定だそうです。

6人は久しぶりに再会したことから、法事のあと近くの海辺の喫茶店でコーヒータイムを持ち、写真も撮りました。

葬儀の様子などの写真です。



晴子の葬儀風景2
晴子の葬儀風景1


16期のとぅんがらたちです。
たーがが、とうがらいら?
(だれが、だれでしょう?)




  


Posted by あぐとぅんがら at 18:09Comments(0)

2021年12月04日

訃報です

晴子さんが2日の晩亡くなりました
ご冥福をお祈りいたします

同期生の東風平晴子さんが2日(木)午後9時ごろ入院先の病院で亡くなりました享年73歳。
3日の夜、同期会の世話人会を代表して、昭と譲二が那覇市小禄1丁目の晴子さんのマンションを訪問、焼香してご冥福を祈りました。
そのご、晴子さんの兄・聡(さとし)さんから、闘病のことなどをお聞きし、思い出などを語り合いました。
聡さんの話しによりますと、晴子さんは血液のがんで、数カ月前から闘病していたとのことです。
仲の良かった与那覇和子さんによると、数日前に彼女が宮古から見舞いに来て面会したときもかなり弱っていて、心配していたそうです。

告別式と初七日の法要は8日(水)


晴子さんの遺体は4日午後には那覇市の大典寺に移され、7日に火葬、8日に告別式と初七日の法要が執り行われます。
(火葬場が混んでおり、葬儀日程の調整にも影響しているそうです)
8日(水)は大典寺で午前11時から親族法要のあと、一般焼香は午前11時30分から午後1時となっています。
焼香される方は、この一般焼香に合わせると良いでしょう。
なお、当日は、下地中同期生一同で生花を飾ることにしています。
法要に関する問合せは譲二までどうぞ。携帯電話:090-9783-9066

弔電の宛先
〒900-0032 沖縄県那覇市松山1丁目9-1 大典寺 電話098-868-3491
喪主:東風平聡(さとし)


浜川秀子さんも4月に逝去


宮古島伊良部で生活していた浜川秀子(旧姓・仲松)さんが去る4月10日にがんで亡くなっていたことが分かりました。
詳しいことは続報します。(4日11時13分追記・文責:じょうじ)
(※12月7日午後5時34分、名字の濱元を浜川に訂正しました。私の誤りでした。じょうじ)

  


Posted by あぐとぅんがら at 01:43Comments(0)

2021年10月12日

新宿便り

コロナ過の最中おとなしく東京都内と云う訳で高尾山には何回か行っていたのですが 何とももどかしく緊急事態宣言中にも拘らず他県への侵入を試みました しばらく中断していました中山道歩きの再開です 時は2021年9月26日(大げさか!!)埼玉県鴻巣宿からの再出発いざーー
鴻巣駅前にあるなまえの由来のものです 他にも説があるのですがこちらの方が夢があるのでしょう 今回はしばらくぶりですので無理をせず高崎線で云う二駅吹上駅までの約8Km予定
途中あまり見るべき物もなかったため2時間チョットで吹上宿に到着 今回はもう一つ目的が有ります 近くにある古墳を見に行きたいと以前から思っていましたので 電車を乗り継いで更にタクシーで(後でバスですんなり行けるルートがあることが分かりました)埼玉古墳群(さきたまと読みます 埼玉県の名前の由来になったそうです)に向かいました
小雨だったせいもあり写真撮るのを忘れてしまいました ので他人のを拝借した次第 なかなかの規模でしょう 円墳は直径105m高さ18mもあり円墳としては最大のものだそうです 隣には長132mの前方後円墳(二子山古墳)がここからは国宝の金属馬具や文字が入った鉄剣が発掘されたのです 近くの展示館でゆっくり見られました 6世紀初期1500年前の遺物に感慨深いものがあります もう一か所行きたかったのですが時間が遅くなり距離も離れていたため帰途となったしだいです
10月10日緊急事態宣言解除を待つようにして堂々と続きの道中歩きに前回の吹上宿を出発し8Km程さきの熊谷宿に
奥の方に見える小さな駅です 花の駅とうたってる通り花が奇麗に手入れされています メイン道路を10分も歩くと左折の石柱が
ここからはほんとの裏街道のようにあまり車も通らずゆっくり歩けますしばらく行きますと川の土手に(荒川)です ずーと土手を歩きます 縞のかっぱと三度笠忘れてきた!!そんな気分 右手はるか先には熊谷の街並み 左手ずーーと先にはこれから7~8回先に行であろう軽井沢が在る山並みが

河川敷には小さな飛行場があるとみえ すこし高い所では軽飛行機が その下ではライトプレーン 一番低いところは三角翼のエンジン付きハンググライダーが2機 原っぱでは遠隔操縦のヘリコプター 広場では子供たちのサッカーやラグビー 土手には我々旅道中 犬との散歩 サイクリング 色々な人生 色々な時間様々です 気持ち良い歩きについ目的地オーバー 少し戻るようにして2時間半程で熊谷宿に 次は前回行けなかった古墳へと1駅戻ってバスに乗り替え出発 1時間に1本のバス昼食抜きで乗るはめに 母ちゃん腹が減ると口利かなくなるので大丈夫かな ともあれ目的地に 素晴らしい古墳(関東の石舞台と言われています。)なのでまずは写真を











7世紀後半すでに古墳時代の終わりの頃その割には各種の大石を運べる財力 近畿地方の高貴の人しか使わない漆塗りの木棺 石組石切りの高い技術力など 相当に高い位の人の墳墓ではないかと言われています(聖徳太子に仕え武蔵国造に配属された人かとも)
帰途にあたりニュース沙汰になったのでご存知でしょうが変電所のあの火事にびったり会って仕舞いました JRが完全にアウト 幸いに私達がいた駅はバスにて秩父鉄道にそして東武鉄道に乗り換えて浅草方面にというルートが有りましたので時間は二倍程かかりましたが何とか 江戸時代の旅に思いをはせ 1500年前の時を感じ ああ令和にタイムスリップです


    行く年月の 
       早きに思う 日々の色
          名残の暑さ 朝顔の花
                              恵美の父ちゃん        






 

  


Posted by あぐとぅんがら at 20:50Comments(0)

2021年10月08日

首都圏で震度5強の地震 新宿の恵美、千葉の六郎、茨城の吉次は大丈夫!

昨夜10時41分ごろ
震源地は千葉県北西部


7日(木)の夜、見出しの地震が発生しました。
報道によりますと、この地震で首都圏で重症3人など負傷者32人が確認されたようです。

あぐ、とぅんがらからは、元気な声

心配した16期の記者(譲二)が地震の影響を受けたと思われる同期生今日午前中に電話して確認したところ、みんな元気で無事でした。

新宿の恵美は「明日の朝が早いので眠っていたところですが、地震でびっくりして飛び起きました。幸い物が倒れるとか落ちるとかすることもありませんでしたが、すごい揺れ方でした」と話していました。

千葉県鎌ケ谷軽井沢の六郎は「揺れた、揺れたよ~。揺れ方は上下というよりも横揺れだった」と言い「でも、何か落ちたりはぜず大丈夫だった。東京の方が大変だったみたいだ」と話していました。

茨城県坂東市の吉次は「震度4か5はあったかもしれない。横揺れは少なかった。テーブルのからのペットボトルが転んだぐらいだった。テレビが横にずれていたが台から落ちることはなかった」と話していました。

東京江戸川区の清は留守電設定だったため、声だけ入れておきました。

清も元気
その後、8日夕方、江戸川区の清とも連絡がつきました。元気でした。
清「大丈夫だったよ」
記者「体調はどう?」
清「歩くのがつらくなってね。長くは歩けない」
記者「ひざが痛いの?」
清「膝じゃない。股関節かな」
ーコロナが落ち着いたら、また東京で会おうな、と約束しました。

久しぶりにみんなの元気な声を聞いて安心しました。(譲二)

何と
このブログが4ヶ月も空(から)のままに

新宿の恵美と清郎夫婦は、コロナ禍でも、たまに歩きに出かけているそうです。
地震見舞いの取材のときに、「また、ブログに写真入れて投稿してね」と伝えると、
「だれもこのところ投稿しないので・・・」と遠慮気味。「譲二の投稿も無いので、病気でもしているのかと心配していたよ」とのこと。

そこで、ハッとして改めてプログを確認すると、6月16日以来約4カ月も空白が出来ているではありませんか。
反省しました。

インターネットにつないでいる16期の仲間たち、身近な話題などを、うむーがにゃーん(思うままに)投稿して盛り上げようではありませんか。
投稿方法をお知らせしますので、活用してくださいね。(譲二)



  


Posted by あぐとぅんがら at 12:27Comments(0)

2021年06月16日

新宿便り

ご無沙汰しております コロナ過の中如何お過ごしでしょうか 沖縄は大変な事となっています事心配して居りました 新宿は人口が多いせいもあり周りに患者等の噂もあまり聞かず(隠しているのかも知れませんが)さほど気にはしておりません とは云うもののワクチン接種は二人とも第一回目を完了し 父ちゃん23日 母ちゃん7月1日に二回目予定です(ほんとは心配しているのですかね)早く中山道歩きの続きや山に行きたいですしね 沖縄や宮古にも と云いつつ本当は時々高尾山には行っていました(一応東京都内ですから)母ちゃん段々満足しなそうな雰囲気 そこで緊急事態宣言下 解除を待たず県外に 日曜日箱根に行って来ました 不要不急の外出はーーー注意されたら オリンピックの訓練ですと言い訳を(無理か??)とはあれ いつもの特急電車が観光客激減のため間引き運転しかたなく急行にて時間をかけ箱根湯本に そこから登山電車に乗り換えて急勾配をトコトコと 今どきはアジサイ電車と云われる程車窓の両サイドはアジサイが奇麗です 石壁にはイワタバコと思しき紫の花 雪の下の白い可憐な花 母ちゃん右を向いたり左を見たり大忙しです セットバックという前後が逆になりながらジグザグに登ってゆく珍しい方式で上がって行くのですよ 有名人 外人等が泊まる富士屋ホテルが在る宮ノ下温泉の次の駅小涌谷にて下車 20分程車道を上がっていきます  

夏の花でオダギリソウといいますが山に咲くためか色が鮮やかです 涼しいせいか春のつつじや今どきのホタルブクロ等も

登山口にある千条の滝(ちすじのたき)上に川があるのではなくすぐ上から湧いて流れます



滝の下を流れる谷川です 緑に染まりそうでしょう そうこの緑に染まれたいがために来たようなものです 気温も曇り空のせいもあり肌寒いくらい 
 ここから登っていくのですが以前は軽いハイキングコース 今じゃ立派な山登りーアハ!!ー

3m位の高木ヤマボウシあちこちに咲いています

1m位の低木名も知らない花ですが薄ーい紫 あちこちに咲いています

緑 緑ーーーーーー

凄い急坂なんですが写真では分かりませんよね 疲れた母ちゃんの顔とへっぴり腰でご想像下さい

蝶のクロアゲハその他のアゲハが飛んでいますが 母ちゃんこれ苦手 こんなに奇麗なのに 途中からいつも歩く湯坂路に合流します そして先ほどの急坂を登り切りしばらく少し下るとそこががいつも出発点としているバス停今日は逆です ここからバスに乗って芦ノ湖へ

しばらく湖畔のベンチで温かいコーヒーを飲みながらボーと静かな箱根を満喫した次第です 後は乗り物でしらかわ夜船帰途 


       新宿恵美と父ちゃん









 

  


Posted by あぐとぅんがら at 21:31Comments(4)

2021年03月28日

正吉のキーセンターで小学2年生が学習

正吉先生がお店で特設授業
子ども達からお礼の寄せ書き

浦添市内間のパイプライン通り沿いで「キーセンター」を開業している正吉のお店。
その店舗に「企業訪問」の授業として、可愛い生徒たちが訪れています。

お店の中に入ると、玄関の右横の壁に、授業を終えた子どもたちから贈られた寄せ書きが掲示されていました。

正吉によると、昨年は浦添市立内間小学校の2年生が見学に訪れました。
正吉先生は、講話とカギ作りの実演を務めました。
生徒たちからは「なんでカギ屋を始めたのですか」などの質問も出され、それらに答えながら「とても楽しかった」と語ります。

創業40年余になるそうで、就職、人事異動などで転居を伴うこの時期、正吉はバイクにまたがって忙しい日々を送っています。

正吉と取材した譲二、それに店舗の外観、子ども達からの寄せ書きです。
(撮影は28日)





  


Posted by あぐとぅんがら at 19:04Comments(1)

2021年03月11日

10年目の3.11 

癒えない悲しみ・・・希望・・・支え合い前へ
静かに振り返り、祈りましょう

東日本大震災、あの日から10年が経過しました。
今なお癒えない悲しみを抱えている方々
深刻な原発事故、放射能汚染のため、いまだに自宅に戻れない方々
ふるさとを離れて避難生活を続けている方々
少しでも希望の光を見つけて一歩踏み出した方々

静かにあの日のことを、これまでの10年のことを振り返りながら
犠牲になられた方々のご冥福を祈りましょう。
一日も早い復興を祈りましょう。
みんなで支え合い、寄り添いながら前へ進んでいきましょう。

この記事の前の3月2日の記事は
仙台のよう子(陽子)の投稿でしたね。

下地中16期の陽子と幸江が仙台に居住していることで、
あの日、みんなが二人のことをとても心配しました。
二人の無事を確認して安堵したことが昨日のことのようによみがえります。

陽子も書いているように、コロナ禍が収束し、安全に往来できるのを待って
みんなで集い、歓喜の再会を実現しましょう。
それまで健康に気を配り、あららがま! 自分自身を励まし、
わいど―と、あぐ、とぅんがらにエールを送りましょう。
(じょうじ)

  


Posted by あぐとぅんがら at 23:45Comments(0)

2021年03月02日

元気でいましょう!

東日本大震災から10年!
ほんとにたくさん沢山
助けていただいて、
ありがとうございました。
あれ以来、
地球が壊れるのでは?
と 心配になるくらい
あちこちで、あまり経験したことがないような
災害が多い気がします。
私達は高齢者、
残り少ない人生ですが、
コロナが落ち着いたら
もう一度 同期会が
開催出来るように祈ってます。
それまで頑張って元気で
いましょうね。
   仙台  よう子
  


Posted by あぐとぅんがら at 21:07Comments(1)

2021年02月23日

22日、23日は玄任の1年忌、盛雄の2年忌  トピックス:母校の5年生の新聞投稿

早いものですね

昨日2月22日は砂川玄任の1年忌でした。
そして、今日23日は洲鎌盛雄の2年忌でした。
早いものです。

コロナ禍もあり、法要はそれぞれご家族だけで行われました。
亡き友との思い出を大切にして、健康に留意して過ごしていきましょう。


トピックス
下地小の生徒の投稿が
『琉球新報』の投書欄に


23日の『琉球新報』の投書欄は、小・中・高校生の特集でした。
そのなかで、私たちの母校下地小の5年生の投稿が掲載されていましたので紹介します。
61年ほど前は、私たちも5年生でしたね。


体育委員での仕事

宮古島市立下地小5年 伊敷音杏

ぼくは体育委員でいろいろな仕事をしました。その中で特に印象に残ったことが四つあります。
一つ目はなわとび大会での司会です。最初にラジオ体操をしたり、「なわとびようい」みたいなことを言ったりしました。
二つ目は、体育館トイレのペンキぬりです。男子トイレは青でぬって、女子トイレはピンクでぬってずっと同じ体せいだったので少しきつかったです。
三つ目はそう庫のそうjです。ラインを引くための粉をこぼしてしまって、よごれたけど、やさしく対応してくれてとても安心しました。
四つ目はいつもの仕事です。毎日、体育館のまど開けや一輪車のかぎを開けたり閉めたりしてみんなと協力できてよかったです。
一年を通して、いろいろなことがあったけど、とても楽しかったです。

  


Posted by あぐとぅんがら at 23:36Comments(0)

2021年02月13日

福島・宮城県沖で震度6強の地震、津波の心配なし 幸江、陽子無事

「10年前を思い出して怖かった」と陽子

本日(2月13日)午後11時8分ごろ、福島県沖の海域で、震源地の深さ約60キロでマグネチュード7.1の地震が発生しました。
テレビの速報で最大震度は6強とのことですが、津波の心配はないとのことです。

さきほど、仙台市若林区(震度5強)の陽子、泉区(震度5弱)の幸江(ご主人が応対)と連絡を取りました。
揺れはひどかったそうですが、両家とも大きな被害や停電もなく、生活環境は安定しているということでした。
陽子は「10年前を思い出し、怖かった。まだ体が震えている。地震対策をしているので、大きなものが倒れるとかはなかった。小物は散らかっているけれど」と話していました。
お見舞いを申し上げます。

この地震で東京でも震度4をきろくするなど、広い地域で強い揺れが記録されています。
余震も心配です。
引き続き警戒してください。(譲二)

  


Posted by あぐとぅんがら at 23:55Comments(0)

2021年01月03日

新年おめでとうございます

コロナウイルスの感染拡大のなかで
宮古島のことばでの つぶやきが聞こえる

しょうがつやりゃーめー
すな~し、やーんうり
んざんけーめー いきゃーなーんまー


(正月だけれど
静かに家に居なさい
どこにも 行ってはいけないよ)



あぐ、とぅんがらのみなさん
新しい年が明けました。
2021年、同期生は満73歳を迎えます。
時の流れの速さを感じますね。

昨年は、11月に予定した数え73歳の生年祝記念の同期会(世界大会)が
新型コロナウイルス感染予防のため中止となり、本当に残念でした。

収束の期待をよそに、
年をまたいで、感染拡大が全国的に一層広がり続け、収まる気配はありません。

東京を中心に非常事態宣言を求める声も強まっています。

私達は前期高齢者です。
気力、体力、記憶力、判断力、頭のてっぺんから足の先までおとろえています。

無理せず、
互いに声を掛け合い、安全を確認しながら、明るく前向きに過ごしていきましょう。


訃報です
川平和江さんのご主人・正夫さん(75歳)が12月28日に病気で亡くなられました。
告別式は31日に葬儀場で執り行われました。
ご冥福をお祈りいたします。

※当初の掲載記事で、正夫さんが亡くなられた日を12月26日としてありましたが、28日が正しいです。
1月25日に訂正させていただきました。たいへん失礼いたしました。(譲二)



  


Posted by あぐとぅんがら at 02:13Comments(0)

2020年11月05日

ふるさとに行って来ました

文化の日に開かれるクイチャーフェスティバル、今年の19回目は、新型コロナウイルスの感染予防のため、従来のやり方が中止となり、代わりに「クイチャー座談会」を開き、収録後宮古テレビとインターネットで放送する企画になりました。

3日に平良市内で開かれた「クイチャー座談会」に、コメンテーターの一人として参加して来ました。
座談会の模様は11月23日(月)午後1時から約2時間ほどの番組として宮古テレビで放送される予定だそうです。
宮古のあぐ、とぅんがらのみなさん、どうぞごらんください。

里帰りのついでに、レンタルバイクで懐かしい母校を訪ねたり、16期の省三、健一、弘明、勝久に会いました。
下地小学校の近くでは、宮古島まもるくんにも歓迎されました。マスク姿のまもるくんと会うのは初めてでした。

スマホで撮った写真をアップしますね
(じょうじ)



  


Posted by あぐとぅんがら at 10:46Comments(0)

2020年11月02日

面白山紅葉川渓谷の散策

 「面白山紅葉川渓谷」散策の写真です。川あり滝あり岩ありと変化に富んだ渓谷の散策コースです。仙台発
 
 
 
 
 
 
 
 
  


Posted by あぐとぅんがら at 22:06Comments(1)

2020年11月01日

面白山紅葉川渓谷の散策

 コロナ禍で物騒な今日この頃。気分転換のためにと山形県と宮城県の県境にある「面白山紅葉川渓谷」を散策してきました。この場所は数年振りのことで、紅葉は、ちょうど見ごろで観光客は多数おり、地名のとおり実に面白い所でした。  


Posted by あぐとぅんがら at 20:43Comments(0)

2020年10月10日

砂川雅弘が秋の叙勲を授章

おはようございます
同期の砂川雅弘が、この秋の叙勲「第35回危険業務従事者叙勲」を受章しました。
この叙勲は、警察官や自衛官など危険性の高い業務に尽力した元公務員を対象としたものだそうです。
良かったですね。

きょうの琉球新報に掲載されたのを紹介します。

雅弘に「おめでとう」と電話し祝福しました。
雅弘は「難儀したからね」と言い、長い間の苦労が報われたと、喜びを語っていました。
コロナが落ち着いたらみんなでお祝いしましょうと伝えました。
(譲二)  


Posted by あぐとぅんがら at 10:48Comments(0)

2020年10月07日

新宿花便り

一向に終息しないコロナ騒ぎに負けじと と言うかしびれを切らして三連チャンで低山に行き 9月20日には中山道歩きを再開致しました 前回途切れました浦和宿からの始まりです上尾宿まで15Km程の予定でしたが 昼ごはんの店がなかなか見つけられずやっとありついた蕎麦屋でしたが腹ペコ母ちゃん後遺症のためか戦意喪失 おまけにまだ町の中 花も無ければ景色もなしひたすらアスファルトの道では母ちゃん飽きてしま
ったのでしょう 4Km程手前(宮原駅)で今回は終了という事に 次回はここから目標17Km程の鴻巣宿までと(行けるかな??人参ぶら下げれば何とか!!)
さて今回の花便りは4日の日曜日に行ってきました秋の便りです

埼玉県幸手市に在ります権現堂という昔洪水から町を守るために築かれた堤です 春には大木の千本桜で賑わう所 十数年前に見に行ったことがあります 堤の脇低いところには菜の花が咲き乱れ薄紅色の桜と黄色の菜の花の饗宴はとても奇麗だったことが思い出されます
本日は彼岸花です




堤の両サイドにびっしりと咲いています その数500万本と云われ 一番有名な巾着田を凌駕するほどです



一キロにわたる彼岸花の絨毯 今回は昼食も早めに母ちゃん腹も気持ちも満腹の一日でした

       新宿恵美とその父ちゃん




 
  


Posted by あぐとぅんがら at 20:54Comments(1)

2020年09月27日

早速「響」を訪ねる。引き継いだ兼城さんとも会う

こんにちは。譲二です。
きょうの『琉球新報』の記事を見て、嬉しくて、早速沖縄市の「響」まで行って来ました

私が着いたのは3時過ぎでしたが、4台ほど入る駐車場は満杯。路上駐車の客もいました。
たまたま、盛雄の奥さん(和美さん)も店に来て帰るところでしたので、久しぶりに会うことができました。お元気そうでした。

ちょうど新報の記事で紹介されている兼城和彦さんもお店におられたので、初対面の挨拶を交わし、玄関前で2ショットの写真をお願いしました。撮影は、新報の記事を書いた喜納高宏さん。喜納さんは私が指笛王国の活動で取材を受けたりして交流している琉球新報の通信員です。

カウンターの中でコーヒーを淹れていたのは、中村さんで、彼も盛雄の友人で、音楽活動をしていました。中村さんからは「お久しぶりです」と声をかけていただきました。

店内では、写真家の豊里友行さんの写真展も開かれていて、豊里さんと初めて会い、写真集も買って帰りました。

「響」を訪れたのは1年9カ月ぶりでした。
メニューは、盛雄のときと変わりませんが、値段が100円上がり、コーヒーに手作りケーキつきで500円になっていました。

あぐ、とぅんがらのみなさん、どうぞご利用ください
  


Posted by あぐとぅんがら at 16:44Comments(0)

2020年09月27日

元・盛雄の店「響」が友人の手で継承される

こんにちは。
きょうの『琉球新報』(22面)に掲載された記事です。
拡大してお読みください。  


Posted by あぐとぅんがら at 12:09Comments(0)